かわち野第九集
松露と松風
坂下 啓子
七年前になるが私は娘と二人ベトナムに向かっていた。娘はその時独身貴族で気軽に旅行し、旅慣れていたので付いて行くと何かと楽で気兼ねもなく、私には最高の旅行相手であった。
降り立った南ベトナム、ホーチミンの街はすさまじい数のバイクが行き交い、私には初めて見る光景だった。ベトナムに入って一番気になった事は、アジア人の中で台湾や韓国と異なり、人々の表情が動かないのだ。笑顔で話している人を殆ど見かけない。そして異様な事に治安もそう悪くはなさそうなのに、三十メートルごと位に警察官が立っている。どうしてだろうと娘に話すと、
「仕事がないから安い賃金でも働いてるのと違う」
彼女は誰に似たのか、いつもあっさり結論を出す。もっと深く考える人間になって欲しかった。しかし私も詳しくベトナムの事情を知らないので、それ以上の詮索は止めておいた。サイゴン大教会やヨーロッパの駅に似たフランス統治時代に建てられた中央郵便局等を見学してその日は終わった。
さて、問題は次の日のメコン川クルーズ。手漕ぎボートに乗ってジャングルの中、黄土色をした川面をめぐる。途中立ち寄った小さな島で、あるお菓子が出てきた。それがなんと、昔、私が駄菓子屋で買って食べた『松露』にそっくりだったのだ。
「これって『松露』に似てるなあ」と娘に言うと、
「京都ほど甘さが繊細ではないけど、似たようなお菓子があるのやね。ほんまに似てるわ」と返してきた。
娘の言う京都の上等な『松露』は甘みに和三盆を使っているからか、あっさりしているのだと思う。まん丸で白く砂糖が掛けてあり、一見、固そうに見えるが歯を立てれば中にねっとりした餡が入っている。少し風味は異なるがアジアの片隅で懐かしい『松露』に出会えるとは思いもしなかった。
何時か自分で働いてお金が入ったら、箱買いして一人で思いっきり食べようと思っていた。しかし今となれば、二つぐらいしか甘すぎて食べられないだろう。
子供の頃、上等の『松露』は、母の懐具合の良い時だけお目にかかり、玉露やお抹茶と頂くと心がほっこり豊かになる至福の時間だった。
もう一つ懐かしいお菓子に『松風』がある。家の近くに家内で手作りしている所が有り、切れ端を安く売っていた。これは、虫養いとしてよく食べた。味は箱に入っている高級『松風』と全く変わりがない。カステラを硬くした様なものに白味噌を練りこんであり食感が少しねっちりした深みのある味だ。亀屋陸奥の代表的なお菓子だが、最近は余り人気がないらしく無くならないか心配している。昔から西本願寺さんに納めていた由緒あるお菓子と聞いた事がある。
茶釜の蓋を少しずらすと、ゆらゆらと一筋の湯気が立ち、シーンとした静けさの中に湯のぐらぐらと煮立つ音だけがする。障子越しに西から、スーッとオレンジ色の光が指し、その部屋で一人『松露』と『松風』を味わう。それから美味しいお抹茶をゆっくりすする。そんな優雅な光景を私は今、思い浮かべている。
遠いベトナムの地で普段は思い出すこともなかった懐かしい『松露』
『松露』そして『松風』は、この年齢になり私にとっての和菓子の原点になっている。