かわち野

かわち野第六集

旅の道づれ

岩井 節子

 平成29年春、娘と2人で、オランダ・ベルギー・ルクセンブルクへ旅をした。
 旅行会社のツアーで、エコノミークラスの旅であるから、飛行機の座席指定はできない。3人席の通路側の席には、背の高い、青い目の青年が座った。彼はガサゴソと荷物を整理し終わると、おにぎり弁当を食べ始めた。まだ10時半位なのに、見事な食べっぷりである。食べ終わると、パソコンを取出し、「僕はポーランドから来ました。日本が大好きで、今度も一週間ほどいろんなところを旅してきました」と、行ったところの写真などを見せてくれた。彼の上手な日本語と、私たちの片言の英単語で、何とか会話が成り立ち、家から持参したおせんべいや、お弁当まで、彼に押し付けて食べてもらった。
 旅の初めに彼と隣り合わせになったお蔭で、外国人であっても、これから、必要とあらば臆せず話しかけてみようと思えたのはこの旅の最初の収穫だった。
 日本を好きだと云ってくれた彼に対して、私はアンネ・フランクとアウシュビッツしか思い浮かばなかったのが情けなく、勉強不足を痛感。
 翌日、アムステルダムのレストランでの夕食は、ご主人が日本人、奥様は韓国人という素敵なご夫婦と同席した。いろいろ話すうちに、韓国人と日本人との違いについても話が及び、奥様は「日本人が好き」と言ってくれた。韓国では「日本を許さない」という教育をしていると聞いていたので、韓国人と聞いただけで「恨まれているのか」と一歩退いてしまうようなところが私にはあったのでとても嬉しかった。
 マーストリヒトでの夕食の時は、同席したご夫婦の息子さんの職業が、偶然にも娘の辞めたばかりの仕事と一緒だというのでびっくり。ポンポンと掛け合い漫才みたいにお互いの悪口を言っては皆を笑わせる仲の良いご夫婦。ツアーバスの運転手さんが、皆の重たいスーツケースを一人で出しているのを見て、乗客、皆で手伝っている最中、ご主人の膝にスーツケースが当たってしまい、最後の2日ほどは車椅子で過ごすことになった。「面目ない」としょげていらしたけれど、そんなことはない。「義を見てせざるは勇無きなり」である。奥様の手伝いなどしたかったのだが、かえって気になさりそうでできなかった。お元気かな。
 5日目、ルクセンブルクへは、ドイツ側の入り口が閉鎖されていたため山越えでウール川を渡ることに。
 美しい緑の山々と可愛い黄色のタンポポ。時々姿を現す牛や馬。まるで、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を思わせるような国境越え。日本では絶対に体験できない。
 わくわくしながら眺めていたら、ヘアピンカーブとバスの底スリの為、皆、バスから降りて歩くことになった。それでもなかなか回りきれないバスを見かねて、横をすり抜けて行った車から青年が降りてきて誘導してくれた。バスが何とかヘアピンカーブを抜けた瞬間、優しい青年と、頑張った運転手さんへの拍手が沸き起った。添乗員さんが「無事ウール川を渡りました」と言ったとき、一同安堵の笑みがこぼれた。
 旅慣れない私にいろいろアドバイスしてくださったKさん。お元気にしていらっしゃるだろうか。
 「よーっ、男まえっ」と言いたいくらい、カッコいい運転をなさるオランダ人の女性ドライバー、サスキアさん。
 巧みに現地の言葉を話し、ユーモアたっぷり、気配り上手な添乗員の丸山さん。
 素敵な水彩画を描いてた方達。
 現地の人たちの笑顔も素敵だった。
 皆、一期一会のすてきな人たち。
 帰ってから読んだ川添恵子著『世界はこれほど日本が好き』によると親日国、No.1はポーランドとあった。
 杉原千畝の『いのちのビザ』に代表されるような沢山の善意が、いまでも人々の好意に繋がっているのだ。
 体力的に大丈夫かなと心配しながら出かけた旅。いろんなハプニングもあったが、こんな人たち、風景と出会えるなら、又行きたいなーと思う。
 善意の中に希望を見出せた旅ともなった。