かわち野

かわち野第四集

優しさ2(親の厄介な優しさ)

津田 展志

 親の優しさは厄介なものだ。社会人になるまでは、うるさいけれど仕方ないと思う。社会人になっても心配して色々言うことも許せる。だけど、結婚して家庭を持てば子供の考えを優先して欲しい。難病で感じた親の厄介な優しさだ。
 私が難病に罹ったのは結婚後に初めて旅行に行ってからだ。私が当たり前のことが当たり前に出来ていた時の最後の旅行になる。私の誕生日が近い2月だった。和歌山の太地に行った。その後すぐに風邪に罹った。その頃の私の仕事は病院や医院回りだ。だから、すぐ診てもらっていたが、なかなか良くならず微熱が長く続いた。
 痺れの症状が出るまで、掛かり付けの医院だけでなく、たくさんの先生に診てもらった。どの先生も軽い風邪の診断だが、薬を飲んでも一向に良くならない。私自身も微熱で症状も酷くないので軽視していた。そして、腕に痺れが出て病院回りをするが、2ヶ月近く病名も分からない。
 その時は、私の家族や妻の家族も心配してくれて、その優しさは有り難いと思っていた。病名も分かり、入院したが1ヶ月で退院出来るはずだった。その間、私の家族も妻の家族も差し入れを持って何度も来てくれた。入院生活も動ける時は来てくれる優しさは有り難いものだ。
 それが、医師の夏休みの不在で身動き一つ出来なくなると、妻の両親は妻に別れる事を勧める。妻の両親にすれば当然だと思う。結婚して1年も経たないのに将来の事が見えなくなったのだ。病気が治るかどうかも分からない時だ。
 その時の私は妻がそう言われている事も知らない。一人で歩けるようになってから聞いたのだ。妻は両親に説得され、私にも責められる。私の母や祖母も妻の両親の言葉に賛成するしかない。そんな中で、妻は私の世話をする。そうすることで、親を説得していたのかも知れない。
 私はその事を聞いて、親の優しさは押しつけず子供の意思を尊重したいと思った。子供の事を心配しない親はいないと思う。だけど、親と子供の考えは違う。親の厄介な優しさも時には必要だと思うが、子供の意思を尊重したいと思う。それにしても妻は何故ついてきたのかと今でも考えてしまう。