かわち野

かわち野第三集

やっぱり おんな

岩井 節子

 友人のSさんが美容院で、ある女優さんの写真を見せて「こんな髪型にしてください」と言ってやって貰ったと聞いて「え~、勇気あるなあ。私恥ずかしくてそんなことよう言わんわ」と云った翌日。鏡に映った自分のぼさぼさ髪を見て、美容院に行こうと思い立った。
 バイクを運転しながら、昨日の会話を思い出していると、彼女の顔がその女優さんに似ているように思えてくる。美容院に着くなり、私もあこがれの女優さんの髪形を言ってみようと決めた。髪型でその女優さんに似るなんて大それたことを考えたわけではないが、恥ずかしがる年でもない。
 幸い、その日は若くて優しそうな美容師さんにあたった。「どんな髪型にしますか?」と聞かれ、他のお客さんや美容師さんに聞こえないように廻りを窺うようにして横を向くと、さすが美容師さん、こちらの気持ちを察したかのように、すっと横に来てくれた。
 そ~っと、「年もとっているし、顔も全然似ていないけど……」とまず弁解。「昔の映画○○に出ていた○○のような髪型、知ってます?」と聞くと、これも小声で「携帯で調べてみますね」と微笑んで、あっという間にスマートフォンにその女優さんの顔写真を並べて見せてくれた。「これですっ。これにしてください」と一枚を指さす。
 後はお任せで、どんなふうになるかと期待半分で待つこと2時間。最後のドライヤー仕上げを鏡で見ながら、「これでいいです。これから友達に会うから、あんまりピンと立てない方が……」と余計なことまで言ってしまったが、顔には満足の笑みがあふれているのが美容師さんにもわかっただろう。今まで数十年通い続けて、担当者お任せになっていたのが、やっと自分の思いどおりの髪形に出会え          た喜び……。
 帰りにその美容師さんにお礼を言いながら、「あの~、私、一年に2~3回位しかパーマ当てないんですけど……もしリストみたいなのがあったら、この髪型のことメモッテおいてもらえますか……また説明するのもなんだし……」と遠慮がちではあるが、しっかりお願いした。(こういう事を言えるようになったのも年を取ったお蔭様かな~)「写メにとっておきましょうか?」と言ってくれたのだが、さすがにそれは恥ずかしいので遠慮すると、「ちゃんと書いておきます」と言ってくれたので安心して店を出た。
 午後のレザー教室で、みんなが似合っていると言ってくれたので、「映画○○に出た時の女優○○のような髪型にしてください、と言ったのよ」と言っても、誰もその女優さんの名前を当てることは出来なかった。まあ顔も年齢も全然違うのだからわからなくて当たりまえの話だ。
 ただ最後に友達に言われた「いわちゃん、1回シャンプーしたら、またくしゃくしゃになるよ」と云う言葉だけはぴったり当たった。 シャンプー後初めて会ったSさんは、「パーマ当てたん」と言って、髪をくしゃくしゃっとして笑っただけで、似合うとも何とも云ってくれなかった。
 それでも、還暦過ぎて初めて、自分の理想のヘアースタイルを伝えることができ、今後のことも托せたのは大きな収穫だった。今後八〇歳になっても、その美容院に行って、「前と同じにお願いします」と言いさえすれば良いと思うと、思い切って言って良かったと、いまだに嬉しさは続いているのである。