かわち野

かわち野第二集

出会い 最後のペット

西村 雍子

 私たちが、あの犬に出会ったのは十九年前、平成七年春の彼岸、京都・大徳寺への墓参りの帰りであった。
 それまで十三年飼った犬が、阪神大震災の時、わが家で唯一「被災」したのだ。下駄箱の花瓶が犬の上に落下し、下半身まひとなり、間もなく死亡した。家族の皆が犬好きで、その後も犬を飼うのを望んでいた。
 墓参りの帰り、京極通り六角に、無料の子犬を置いているペットショップがあるのを思い出し、回り道をした。しかし、その日は無料の子犬はおらず、薄暗い一階のケイジの中にその子犬が居た。
 「お母さん、この子犬の目がうちに来たいって言ってる。」娘のその一言で決まり。
 犬種はアラスカン・マラミュウト。雄。国際公認血統書付き価格は三万五千円。当初は高価な犬で七十万はしたと聞く。毛色は黒と白。顔が歌舞伎役者の隈取りの様で、子犬ながら凄みがあり、それが可愛い。足は太く、きっと大きくなるぞ、と思わせた。わが家での呼び名は「どん・首領」。以前から雄犬は「どん」と決め、彼は三代目である。わが家に来たどんは、子供達が大喜びで迎え、直ぐ遊び仲間になった。
 平成七年二月一日生まれ、五十一日目の彼は、体長四十センチ、尾二十センチ、体重は測り忘れ、記録なし。十一ヶ月で四十八キロ、満一歳では大きすぎて測定器に乗らず測定不能。五十キロ以上あったのではと思う。
 生後一ヶ月目、春、四月。タンポポの咲く草原をびよんびよん跳びはね、首に結んだ長いリボンが散歩の鎖代わりである。
 七月、暑い夏。五ケ月を過ぎると、可愛さは無くなり、鳴き声は狼のようで、目も鋭く、力も強くなった。しかし撤歩のときは実に大人しく、主人に従う賢い犬である。毛足が長く、夏の暑さに耐えられるだろうか、と石川に連れて行き水遊びをさせた。家ではホースで水をかけ、冷やしたり「犬様様」だ。
 冬、積雪の中で思いきり楽しむ彼の大きな体は、アラスカ犬そのもの。雪の上で寝転んだり、飛び跳ねたり、喜んでいたなあー。
 彼と過ごした九年間の思い出は尽きない。もう彼のような犬には出会えないだろう。私たちも高齢でペットを飼う元気もない。「どん」は私たちの最後のペットとなった。彼が永遠の眠りについて今年で早や十年。今、一冊の彼のアルバムを手に、家族の一員であった「どん」を懐かしんでいる。