かわち野第九集
老いぼれシェフの献立
徳重 三恵
朝食を済ませた後、只々ぼーっと食卓に頬杖をついたまま二時間ほど経つ。太宰治ならいざ知らず様にもならない。
明らかに尻に根っこが生えているのである。 お一人様の特権とは言うものの、今でさえ「老いぼれ」ているのに、いずれ超の字がつくことを私は恐れている。
何だかんだと、することはあるけれど無気力なのだ。冷蔵庫には夏野菜がたっぷり入っているし、冷凍庫にも肉や魚など何なりとある。一週間や十日ほどの籠城ならばこのままで困らない。
さてどうします。
「このままぼーっと一日を過ごしますか」
ちょっと自分に問いかけてみる。
「いやいや、このままでは駄目でしょう。あなたの恐れている超老いぼれになりますよ」
天の声が聞こえる。
そうだよねと自分を鼓舞し、尻の根っこをチョンチョンと断ち切ってスーパーに行くことにする。
私が編み出した無気力解消法である。
髪の毛をシャッシャッと梳かしマスクをすれば身支度は完了。ということでバスに乗ってスーパーに着いた。
何も買わなくていいのだ。食材はたっぷりあるのだから。
ただ無気力の解消として来ているだけなのだから、とは言うものの、そこは主婦の目線でいろいろと物色をしてしまう。
鮮魚店で手頃サイズの鮎が並んでいる。夏季限定のものだ。養殖らしいがまあ良しとしよう。何となく鮎を四尾買った。
すると、あらあら不思議、たち所に鮎飯がちっちゃな脳に画像として浮かぶ。おかずは、芋茎〈ずいき〉と飛竜頭(ひろうす=がんもどき)の煮含めの絵も並ぶ。あとは何か酢の物でもあれば夕食は充分だ。足りなければ冷凍庫に牛肉の時雨煮もある。
食材を探している頃から、だんだん身の内がシェフに変身しつつある。どうやら私が編み出した、無気力の解消法が早くも効いてきたらしい。
帰り着くや、いそいそとシェフはエプロンの紐を結んでいる。
鮎は塩で洗ってぬめりを落とし、塩を多めに振りかけてグリルで焼く。芋茎は筋をとり五センチほどの大きさに切り、たっぷりの湯で茹でこぼす。ちょっと面倒だけど手こずるほどのことはない。芋茎のきれいな赤紫色の茹で汁を捨てて、飛竜頭と一緒に煮含め冷蔵庫に入れて置く。後は夕刻に炊飯器のスイッチを入れるだけだ。
誰か来ないかな、一緒に食べようと近くに住む娘にLINEを送ると、早速に返信があった。ちょっと忙しいから……。
(あらそ。多忙とは結構なこと。元気な証拠)ではまたねと、バイバイと手を振っている絵文字のスタンプを送信しておく。
ならばと、これも近くに住む妹にLINEを送った。
「今日は、久々にお友達と食事会で出かけています。あ~残念!」
とこれまた、すぐに返ってきた。
何だか妙にひとりぽっち感がつのる。
お一人様は気楽だけれど、他人の行動が読めないだけに、気ままになりやすい。
まあ、そんなこともあろうと、老いぼれシェフは再び気を取り直してキッチンに立つ。
やや暮色が漂う頃となった。
昆布を敷いて焼き鮎を上にのせスイッチオン。胡瓜の酢ものには到来物の沖縄産の太もずくを入れることにする。切ったり洗ったりしている間にご飯は炊きあがった。
縁高の皿にご飯をよそい一番上に鮎を崩さないようにのせ、青紫蘇を散らしておく。芋茎と飛竜頭を煮含めたのは藍色の小皿が似合いそうだ。
ふと、写真を撮ろうと思いつく。
ランチョンマットへ藍色の箸置きに自分の箸をのせ、鮎ご飯と飛竜頭の煮物、胡瓜の酢もの。だし巻きを彩りに。晩酌はしないがグラスに料理用として使っている「白鶴まる」を注ぐ。知らない人が見れば立派な冷酒だ。
スマホのシャッターをカシャカシャ。
ふむふむ中々の撮れ方だ。いかにも美味しそうに見えるので娘と妹に写真を送~~信。
老いぼれシェフの味は比べる物がないので楽ちんだ。
折しも今日は終戦記念日。健やかで平和な一日に感謝して、いただきま~す。
明日こそはぼーっとせず草取りをしよう。
超老いぼれにならないために。