かわち野

かわち野第四集

(てのひら)の小説・高齢者小学校

滝尾 鋭治

 ぼくは大阪府の南部のK市に住んでいる。
この街の市長は元は教育者で、他市の私立高の校長を務めていたと市の広報で読んだ事がある。しかしちょっくら変わり者らしく、各地区の公民館に高齢者小学校を作った。資格は六十歳以上なら誰でも入学できる。さらに、教科も各公民館に一つという変わりようだ。ぼくはこの地区にしかない随筆科に入学した。
 校長兼用務員兼生徒、三役を見事にこなすのは清楚なお色気をふりまくシゲちゃんだ。彼女は若作りでカッコよく、男装の麗人と謳われた水の江滝子を彷彿とさせる。
 先生のカズちゃんは一見四十歳位の色白美人だ。NHKの朝の連ドラ「べっぴんさん」のヒロインにもひけをとらないと思える程だ。だが、間近でじっくり見ると五十を一つや二つは出ているとぼくは踏んでいる。が、いずれにしてもクラスで一番若い綺麗な(ひと)だ。
 クラスはシゲちゃんを含めて十人で構成されている。内訳は男子三名と女子七名だ。そして栄えある級長を務めるのは、元、大手の商社マンだった偉丈夫のヤーさんだ。名前を聞けば怖じ気づくが、彼は気さくで誰にでも優しいクラスの人気者だ。
 今一人の男子生徒は、介護師のキタちゃんと車イスで通学するツーさんだ。彼はモテモテ随筆が得意だ。さっぱりモテなかったぼくは、未だにそれを読む度に辛くなるのだ。が、彼の端正な顔立ちを見れば諦めもつく。
 かくいうぼくは、皆にタ―さんと呼ばれている。父を小学生の時に亡くしてからは、極貧の暮らしを強いられて中学もろくに通えなかった。そして料理の世界に入ったが、先輩達におい! こら! と毎日しごかれながらも耐えてきた。そんな環境で育ったので、クラスの中で一番柄が悪いと自認している。
 クラスの最高齢者は八十六歳のマッちゃんだ。彼女は「歩こう会」のメンバーで、一万歩位はへっちゃらよと言う。かくしゃくとしていてとにかく何につけても前向きで気も若い。昨日は街中で出会ってお茶に誘われた。
 ぼくは二番目に高齢の七十九歳だが、もう一人同い年のニシちゃんがいる。彼女は看護師をしていたから、何かにつけててきぱきとこなす有能な人だ。現在夫君は車イス生活らしいが、彼女の事だから献身的に夫に尽すにちがいない。独り身のぼくには羨しい限りだ。
 三番目に高齢なのは、こちらも同い年のトクちゃんとクロちゃんだ。トクちゃんは俳句歴二十年のベテランだ。昨年は句集と随筆をまとめた本を刊行し、我々にもかわいらしい表紙の本をくれた。又、作品の批評も的確で、皆に一目置かれている賢女だ。
 一方のクロちゃんは、永年に亘ってK市の中学の英語教師をしてきた。色白の美人だが、惜しむらくは歌手の五木ひろしのように目が細い。もしも円らな瞳なら、若い頃にミスK市に選ばれてもおかしくないほどの美人だ。
 一番若い二人がふっくら美人のサカちゃんと、ほっそり美人のイワちゃんだ。この二人はとても仲が良い。イワちゃんは今年還暦で、サカちゃんは一つ年上だ。サカちゃんの作品はどれもユーモアに満ちていてぼくの心を和ませる。イワちゃんの作品は、キュートな感性が(ちりば)められていてぼくの好みだ。
 先日、全員が参加した課外授業があった。行き先は「九度山・真田ミュージアム」とその周辺の史跡だ。その日は平日なのに大河ドラマ『真田丸』の効果でかなりの人出だった。案の定、昼食を摂る予定だった大きな老舗のそば屋にはすでにかなりの行列ができていた。
 その時、十分ほど歩けば「道の駅」があって、そこで柿の葉ずしなどを売っているのでそうしようと級長のやーさんが言った。()けば彼は、一週間ほど前に下見に来ていたらしい。さすがは級長、これからも頼りにしてまっせ、とぼくは内心敬意を表した。
 即座に我々は同意し、高野街道のような細い道を一団となって進む。途中、江戸期の古民家と思しき邸宅にさしかかった。立ちどまって見上げると、時代を感じさせる趣のある鬼瓦の幾つかがぼくを歓迎してくれた。
 またその庭先には、金柑と見紛(みまが)うような実をつけた低木があった。名札を見ると「老爺の柿」とある。何ともかわいい観賞用の柿だ。ぼくは思わず、こんな老爺になりたいと言った。すかさず、ターさんならなれるわと後ろにいたシゲちゃんが言う。が、目が笑ってる。
 昼食は多くの人が柿の葉ずしを食べた。雰囲気はすでに遠足だ。六年生のマツちゃんが陽気に騒ぎ、一年生のイワちゃんと二年生のサカちゃんがそれに同調する。さらに各人がおやつを出し合って気分は最高潮に達した。これで缶ビールでもあれば言う事なしだが。
──いやぁ、今日は楽しかったな。九人もの美女に次々話しかけられて人生で一番モテた日やった。あんまり喜びすぎて身も心もビジョビジョになってしもたけど、又行きたいな。〈 了 〉