かわち野

かわち野第七集

銀木犀と父

林 和子

 二〇一九年、秋。
 早朝、新聞を取りに玄関の戸を開けると、かすかな匂いが漂ってきた。玄関横の銀木犀に目を向ければ、葉蔭に白い花が咲いている。
 この時期、金木犀はその匂いと色で探すとすぐに見つかるだろう。
 けれど、銀木犀にお目にかかったことは、自宅のそれ以外には一度もない。
 生前の父が、「銀木犀は珍しいから大事にするといい」と話してくれたものだ。その時まで私は、橙色の金木犀と違って白い花をつける銀木犀があることを知らなかった。
 そう教えてくれたのは、父が私の転居に伴って、初めて今の家に来てくれた時である。
 丁度、白く小さな花が咲いていたこの季節だったのだ。
 一度、いいかげんにその枝を切ると、次の年には花をつけなくなってしまった。
 それから、花が咲いたり咲かなかったりで、咲く度に花の数は少なくなっていった。
 金木犀の香りがしてくると、決まって今年は家の銀木犀も咲いてくれるだろうか、と思う。
 確か去年は花をつけなかったから、今年も半ば諦めていたが、その香りの知らせは届いたのだ。
 この木は、あれから父の言葉と共に私にとって特別な木になった。
 三十年も前の思い出である。