かわち野第八集
イサム・ノグチの提灯張り
三浦 佐江子
年末の大掃除でリビングの照明器具の埃を払おうとした。触ると灯りを覆っていた和紙がボロボロ剝がれる。掃除は諦め、このまま年を越せたら良しとした。一抱えもある丸い提灯型で、イサム・ノグチのデザインしたものだ。11年間も天井からぶら下がり、照らしてくれた。数年前から劣化が気になっていた。
数か月前に傷みが気になり、同じものをジョ―シンで探したが無い。カタログにも無かった。仕方なく手に入るもので買い換えようと思ったが、店頭にあるのはどれもしっくりこない。
もう製造していないのだろうと諦めかけた時、テレビで京都の提灯屋さんが張り替えをやっているのを見た。京都はお寺や神社があり祇園祭もある。飲食店でも提灯が使われるのでやり続けているとのこと。この情報に小躍りした。張り替えに出すしかない。いったいいくらかかるのかと夫と話をしていた。
ところが、暮も押し詰まった30日のこと。テーブルの上に何かが落ちている。よーく見ると和紙の小さな破片が積もっている。おせちの上に落ちてくるのは嫌だ。とうとう外側を取り外す事態になった。
外すと、サークル型の蛍光灯が二本。庭からガラス戸越しにリビングを眺めると、あまりに侘びしい。せめて和紙で囲むぐらいはやってみようと、テーブルに乗り、苦労しつつ和紙を被せていた。
それを見た夫は、自分がやると横取りする。年末なので、やってほしい用事はたくさんあるのだが……。凝り性なので応急処置では済まない。
昔取った杵柄である。夫は小学生になったばかりの頃、母方の祖父から祭りの御神灯の張り替えを頼まれ、褒められた経験がある。そのことは、亡くなった義母から何度も聞かされていた。
先ず、提灯の竹ひごで作られた外枠を固定するために、T字型の台を作る。次に和紙をひし形に近いのを8枚と、つなぎ合わせるために細長く切ったのを8枚作った。台に置かれた丸い形の外枠に、紙風船を作るように張り合わせていく。僅かにいびつな円形のため、苦心惨憺している。集中力はピカイチの人なので一心不乱に作業を進め、とうとう二日がかりで31日の午前中に張り終えた。
その間、お正月の準備のしめ縄張り、各部屋にお酒をお供えする10センチほどの徳利の「神の口」や「神の敷き」などの用意がストップしたままである。気が気ではなかったが、ぎりぎりでお正月の準備を終えた。
出来栄えはというと、「う~ん」。歪んでいてごつごつとしていて見栄えはいまいちなのだ。
だが、お正月に私たちの様子を見に来た娘が、
「味があって、まあいいんやないの」
その言葉に納得いかない私。
そんなところへ新聞に展覧会情報で「イサム・ノグチ 発見の道」の案内が載った。夏に東京で開催され、「灯りの展示」もあるという。イサムは、今から33年前、84歳で死去した。彫刻家で公園の設計からオブジェ、家具など幅広い芸術作品を作った。李香蘭こと山口淑子と一時期、結婚したことも知られている。
東京の展覧会が終われば、関西に巡回する可能性がありか。希望をつないだのに、秋が来てもコロナ禍で展覧会の情報は霧のように消えてしまったままである。
展覧会の行方が気になり、スマホ検索した。展覧会の情報は全くない。だが「灯り」の情報につながった。同じ提灯型で販売されている。大きさにもよるだろうが。そこそこの値段だ。
それにしても不思議なことに、日々目にしていると素人っぽい出来の提灯に、愛着がわく。見るたびに張り替えの時のことが頭に浮かぶ。今となっては取り換えるのがいささか惜しくもある。
夏ごろ知り合いが来ると云う時、夫は自作 の歪な提灯が気になったようで、「買い替えるか」と言った。
何か月後になるか分からないが、あのイサム・ノグチの提灯は我が家のリビングに戻ってきそう。