かわち野

かわち野第十集

その日大阪

山田 清

 長い商店街を通り抜けた。
 師走も近い、土曜日の午後。定年後に知り合った友との、昼飲みを約束した日であった。
 咋今は、郊外の大型商業施設に客が集中し、シャッター街化がすすむ商店街が多い。なのに、なぜなのだろう。この街は何時も活気に溢れ、一人で街歩きをしてもあきることはない。
 味のしみ込んだおでんを食べ、紅ショウガの串も食べながら、沢山のお酒を飲んだ。久方ぶりの積もる話も、肴であった。
 そしてほろ酔い気分で居酒屋を出た。
 買い物の目的があるわけでもない、お気に入りの店に立ち寄りながらの、散策が楽しい。商店街を出たところが、天神橋であった。
 お江戸が八百八町ならば、商都大阪は八百八橋。水の都大阪、幾筋もの川と、その川に架かる橋とが描く風景は美しい。
 この天神橋から見下ろした数十メートル上流、大川は堂島川と土佐堀川に分れる。中之島を挟んで流れた二つの川は、再び合流して安治川となって、大阪湾へとたどる。
 積み木のような建物が大川の両堤に並び、わずかに残っている光を集めた川面は、キラキラと輝いていた。豊かな水は静かに流れ下り、高い寒空には三日月が浮いていた。大阪の、きれいな夕風景だった。
 橋を渡り終えて、川の港である八軒家浜の船着場をすぎてなお、大川の側道を歩いた。昼飲みでほてった頬に、思い出したように吹く風が、心地良かった。
 天満橋に着いた。
「今日は、ありがとう。楽しかったよ……」
「じゃー、また今度……」
 握手をして友と別れた。
 暗くはなったが、まだ5時を過ぎたところだ。酔いのせいか、感動の夕景を見たせいなのか、このまま直ぐに帰りたくなくなっていた。
 谷町筋を下り堺筋本町から本町へと、足の向くままに夜の町を歩いた。お酒という燃料が燃えているのか、自分の元気さに驚かされる。
 大阪へ転勤となり、定年退職するまでの30数年、ここらあたりは戦いの場所であった。私にとって大切な名所であり、旧跡である。
 そして、イルミネーションも鮮やかな御堂筋に来た。
 青色ダイオードが発明されたことにより、色の変化が増えたのか、実にカラフルである。まだ散らないでいる銀杏の黄葉と一緒に、夜空一杯に色が重なり、光が流れる。キタからミナミへと、一方通行の御堂筋。車両のテールランプが、赤色を添える。
 繰り返されてきた年の瀬の御堂筋イベント、記憶の中にある華やかさを、はるかに越えていた。
 立ち止まってケイタイで写真を撮る人、手を取り合う親子、腕組みをして寄り添うカップル、声もはずむ若者のグループ、みんなみんな輝いていた。色とりどりの灯りが、人を笑顔にする。こんな夜は、人混みがうれしい。
 着飾った、美しい大阪の夜。
 はるか昔、故郷を離れ、京都を経てここ大阪にきた。商いの町は情の町、演歌の似合う町大阪。ここが終のすみかとなるのであろう。不満などはない。
 今年の紅葉狩りは、華やかな電飾。
 その日私は、光の川を泳いだ。