かわち野第三集
あみもの
鈴木 幸子
夫が悪性リンパ腫の三回目の再発を告げられて、抗癌剤治療の目的で入院した。六人部屋の廊下側で、各ベッドはカーテンで覆われており昼でも電気が必要な暗さだ。入院して一週間になる今朝、窓側への移動が叶った。
これからベッドサイドで編み物ができる。
発病してから六年が経っている。八十歳をまもなく迎える夫が、病気と闘っている姿を 見て傍にいて見守りたいと思った。
手芸店の一角で、編み物を習っている人達の仲間入りをした。編み棒で編んでいて毛糸を右指に掛ける人と、左指に掛ける人がいる。
左指に巻き付けて編んでいる人の方が早く編めているように見える。私は、右指に毛糸を掛けているので、一呼吸遅いように思えた。
編み物を教えている先生にお聞きすると「最初に習った方法や、習慣が大人になっても続いているのでしょうね」と、おっしゃった。
私は小学校二年の時、母が編んでくれたオフホワイトの提灯袖のレース編みの服を思い出した。そのセーターを着ると私は、可愛く見えたようだ。父兄懇談会のとき、受け持ちの先生が、母に同じ物を編んで欲しい、と言ったのに母は断った。レース編みだったので編み方も煩雑だったのかも知れない。
母は私が十九歳の時、急逝した。私は長女、妹が三人いる。母の手編みのセーターを懐かしく思い出したが、妹達には、そんな想い出はないのではなかろうか。そしたら私が、あなた達に編んであげよう。
夫のベッドサイドで編み針を動かしていると、妙に心が落ちつく。夫も家に居るような気分になるらしい。
編み棒を止めて夫の方を見ると、点滴も終わりに近づいている。眠っているのか? 夫は目を伏せている。