かわち野

かわち野第五集

会社勤めで知った優しさ

津田 展志

 二十六歳で結婚して八か月後に難病に罹りました。病は一年くらいで治まりましたが、後遺症として、全身に膜が張ったように痺れています。痺れが強いと触覚がないので目で見て確認しないと何も出来ません。そんな私がリハビリして歩けるようになり勤める事も出来たのは、たくさんの人の優しさに巡り合えたからです。今回は優しさの一部を載せて頂きました。

 ~出張帰りの初老のご夫婦の優しさ~

 装置の試運転で出張に行った帰りだった。行く時は元気があり、メーカーの人と一緒なので安心だった。電機関係は正常に動けば余り仕事がない。だから、待つ方が多いので余計に疲れる。出張も一週間経つと一人で歩くのもしんどくなった。メーカーの人に助けてもらい試運転は無事終わった。
 メーカーの人とは京都で別れた。疲れで歩けるか心配だったが、迎えは頼んでいない。新大阪で降りると膝が笑っている。ホームはアスファルトで何とか歩けた。だけど、階段は大理石で滑りそうな気がする。それでも、手すりがあったので下りられた。改札口のあるロビーも大理石だ。恐いのでショルダーバッグを床に置き、杖代わりにした。紐は杖代わりにはならないが何かに掴まっているという安心感がある。何度も転けそうになり柱と柱の中間点に来た。いつも中間点で歩けなくなる。それは心理的なものだ。汗だくで今にも床に座り込みそうになった。
「大丈夫か、どこまで行くの」
 ホームへの階段を上がりかけていた初老のご夫婦の男性が降りてきて手を貸してくれた。
「すいません、改札口まで手を貸して貰えますか」
 手を貸して貰っても膝が笑っている。やっと改札口まで来て別れようと挨拶した。
「ありがとうございました、ここからは何とか行けますから」
「どこまで行くの」
「地下鉄に乗ります」
「じゃあ、そこまで行くから、ちょっと待っていてくれる」
 階段の途中で見ていた奥さんに訳を話して地下鉄の改札口まで送ってくれた。私自身送ってもらったので落ちついたのか歩き方も良くなっていた。長い間新幹線で座っていたので足の感覚が悪くなっていた。だから手を持ってもらって歩いたことで足の感覚が少し戻ったのだ。
「ありがとうございました、新幹線大丈夫ですか」
「ああ、余り急がないから、何か乗れるだろ、気をつけて帰りなさい」
 そう言って、来た道を戻って行った。奥さんを一〇分以上待たせてしまった。新幹線に無事に乗れたか心配だった。地下鉄からは気持も落ち着き、足の感覚も良くなったので帰る事が出来た。一度歩けなくなると、余計に緊張して力が入りすぎる。緊張している時は頭で考えるように身体は動いてくれないのだ。
 近くまでなら手を貸してくれる人はいる。だけど、あれ程遠くへ奥さんを待たせて送ってくれたのは初めてだ。そこまでしてくれたので、気持が落ち着いた。あのご夫婦の親切は忘れる事は出来ない。

  ~小学生の優しさ~

 会社からの帰り道、いつものバス停のすぐ側まで来た。私の乗るバスが一番たくさんあり、五、六分から、一〇数分で来る。
 私の乗るバスが来た。早足で間に合うかどうかの距離だ。早足と言っても健常者より遅い。いつもなら目の前でドアが閉まると嫌なのでゆっくり歩き、次のバスを待っている。その日は何故か間に合うと思い、バス停まで急いだ。まだ乗っている人がいて間に合ったと思った。だけど、他のバスを待っている人がたくさんいる。大阪はマナーが悪いのか乗る人に道を開けない。その人達をかき分けて乗ろうとしたが目の前で扉が閉まりバスは動き出した。
 その時、バス停の椅子に剣道具を置いていた小学校の低学年くらいの男の子が声をかけてきた。
「このバスに乗られるのですか」
「そうだけど、次に乗るからいいよ」
 最後まで私の言葉は聞かずに、剣道具を置いたまま猛然とバスを追いかけた。私は何が起こったのか一瞬分からず、呆然と見つめていた。追いつくと運転席の扉を叩きバスを停めてしまった。そして扉を開けてもらうと叫んだ。
「早く乗って下さい」
 呼ばれたのであわててバスの所に行こうとした。だけど数メートル先でもあわてると余計に歩けない。少年が戻って手を貸してくれている間にバスは行ってしまった。運転手には私が見えていなかったのか、時間に追われていたのかどちらかだろう。
「ごめんな、走れなくて」
「いいです。もうちょっと待ってくれれば乗れたのに」
「ありがとう、又すぐに来るから。だけど危ないから、動いているバスを停めたら駄目だよ」
「はい、わかりました」
 はきはきした言葉と、素直な態度にも驚いたが、それ以上に行動力があった。私が乗るバスが来る前に、他のバスに乗って行ってしまったが、乗る前に頭を下げて挨拶をしてくれた。背が低くて小学生の低学年くらいにしか見えない。親のしつけが良いと思ったが、剣道を習っていることもあるのだろう。ハッキリした態度や言葉の小学生に会ったことがなかった。 私たちの小さな時はしっかりした子供がたくさんいた。道徳の時間にも困っている人には声をかけましょうと言われていた。だから、気が弱い私でも声をかけるようにしていた。だけど、今の子供は知らない人には近づくなと言われている。だから、声をかけてくれた事や行動は驚きだった。だけど、今でもああいう子供もいるのだ。
 次のバスを待っている間、その子を思うと心がとても温かくなった。