かわち野

かわち野第二集

「出会い」

岩井 節子

 4月半ばの寒い一日、友人と京都の大原に行った。寂光院でお話を聞いた後、三千院を目指した。話しながら歩いていたせいか、曲がり角を間違えてあわてていると、前方から二人の若い女性歩いてくる。
 彼女らに道を聞こうという事になり、「このまま行ったら三千院に行けますか?」と尋ねると、「そこを曲がったらいけますよ。」でもなんとなくアクセントが違う。「あれっ!あなたたち何処からきたの?」と聞くと、コロコロ笑いながら「台湾です。」と云う。「まあ、日本人の私たちが外国の方に道を教えてもらうなんて!」と、笑いながらお礼を言って別れた。
 しばらく行くと、素敵なカフェがあったので、昼食をとることに。中に入ると、二人の外国人女性がゆったりした様子でお茶を飲んでおられた。どこかで見た様な人だなと思っていると、しばらくして、レジの方と笑顔で話しながら会計を済ませ、出て行かれた。お店の方に「ベニシアさんですよね。最近よくテレビに出ていらっしゃる。近くに住んでいらっしやるの?」と聞くと、「そうです。」「よくいらっしやるの?」「ええ」どうりでステキになじんでおられた。
 食事を終え、宝泉院で立派な五葉松を眺めた後、最後のお楽しみで、三千院の童地蔵を見て帰ることにした。童のお地蔵さんがいろんなポーズをとってかくれんぼしているみたいで、何とも可愛らしく、つい時間を忘れて見入ってしまった。あわててバス停に向かっていると、先ほどの台湾の若者とすれ違った。
 彼女らも私たちを覚えていてくれたらしく、笑顔を返してくれたので、また「さっきはありがとう」と言って別れた。あんな時、もう少し気の利いた言葉をかけられたらよかったのになあ〜と、少し後悔。それでも彼女らの笑顔は、日本と台湾の懸け橋になってくれるような気がして嬉しくなった。
 こんな出会いのすぐ後に、新聞の記事が目に止まった。お遍路さんの道中に「外国人お断り」の張り紙があったとか、飲食店のご主人が「外国人お断り」の張り紙を出しておられたと云う。彼女らのあの笑顔がそんな心無い貼り紙で曇らなければよいがと祈る。
 だが、私自身も彼女らの笑顔に出会わなけば、その痛みを自分のものとして感じることはなかっただろう。むしろその張り紙を出された方のお気持ちに領いていたと思う。いままで京都に行くたびに、静かな竹林を我が物顔で闊歩し、大声で話す外国からの旅行者らしき集団を苦々しく思っていたのだから。
 出会い方ひとつで、他人への印象は変わるものだ。外国人と、十派ひとからげにして拒絶してしまうのは愚かなこと。オリンピックも控えている。その地のマナーを知って、守ってもらう努力。外国から来られた方たちの、日本との出会いをつらいものにしないための策を練り直すチャンスかも知れない。ここはみなさん知恵を出し合って、「お・も・て・な・し」の心を取り戻せたら嬉しいのだが。