かわち野

かわち野第十集

ポポーとチイと植木屋さん

三浦 佐江子

 庭に犬がいる。松を剪定する植木屋さんの脚立の下を通り、東へ向かうのを目にした。
「ええっ、どこの犬?」。迷い犬なら、どこへ連絡すればよいのだろう。横で見ていた夫が、確かめに行く。
「植木屋さんが、連れてきたって」。やれやれ。

 庭の東側を探検した犬は、私に出会うと「だーあれ?」と首をかしげる。目が可愛い。ゆっくり動くのでかなりの年配らしい。吠えることもしないが、道路を走る車がガタンと音を立てるたびに、ビクッと固まる。どうやら怖がりのよう。
 休憩時間にお茶菓子を運んでいくと、飼い主の足元でお座りしている。私は猫派だ。吠える犬は大の苦手だが、これほどおとなしい犬は、見たことがない。
「ワンちゃんの名前は何ですか」
「ちっちゃい時に来たので、名前はチイです。17歳の高齢で人間なら90歳ぐらい。小型の柴犬で、タテガミがあるんですよ」自慢げに首をなでると、チイはしきりに尾っぽを振る。顔の周りはよれよれの毛だが、くるりと巻いた立派なシッポは柴犬だ。植木屋さん自身も来年80歳になるという。チイを見る目が、ほほえましい。お互い頼りにする関係が伝わる。
 昨年まで来てくれた植木屋さんは高齢で仕事ができないと、断りが来た。
 今回初めて来た植木屋さんの名前はウラノさん。この方も高齢だ。今後も頼めるのか気になり、何かと聞いてみた。岸和田に住んでいると言うが、関西訛りがない。
「愛知県豊田で生まれ育ち、中学校卒業後にトヨタ自動車で働いたが、厳しすぎて人間の働くところじゃないと3か月で退職しました。そのあと大阪で仕事をして、結婚で岸和田に住み子どもたちは岸和田で育ちました。親が亡くなった時、豊田の実家をたたんで定年後に植木職人になり、30年です」と。
「そうでしたか、トヨタをやめて正解でしたね」と返し、なんだかご縁を感じた。
 かつては、夫が仕事で週に何度もトヨタへ行き来した。40代から10数年間は週に3日は試作した部品を持参し、実験に出向いた。電車で行くときは、よく始発に乗って行った。車だと会社からや自宅から運転して、帰りは夜中ということもたまさかではなかった。過労死を心配し続けた。今は、息子が豊田の住人だ。
「そりや、豊田市のことをよく知るお家とは……。嬉しいです」と植木屋さん。
 無口な夫だが、3時間かかりで名古屋から名鉄電車に乗り、知立(ちりゅう)で乗り換え行き来したことを懐かしそうに話している。
 植木屋さんが気さくで話好きだと判ってほっとした。
 家の庭は雑草が茂り、梅、松、槙の古木それぞれが伸び放題。木蓮、樫の木、金木犀は3メートルを超す。他には雪柳、夏椿、紫陽花、獅子頭が大きな庭石などの間に植わっていて、面倒な庭だ。3日間で終える予定が、暑い夏の時期に5日かかりで剪定し終えた。
 鳥が勝手に種を落として増えた南天や紫式部、くちなしの木。義母がもらってきた椿。切ってもらっても良いのですがと頼んだが、植木屋さんには命があるのは切りたくない思いがあるようだ。

 夫は70代前半まではマメに剪定をやってくれた。皐月やツツジの木はまん丸に、生け垣の槙はまっすぐに高さも幅も揃えた。ご近所から「うちの庭木も切りに来てほしいわ」と言われるほどだった。ところが一昨年あたりから手に腫れが出て病院に通ったが治らず、出来なくなった。
 私も枝払いするのだが、手の届く範囲だ。まして今年は雨が多かったこともあり草は伸びるし木がうっそうと茂り、手が付けられない。いつもの植木屋さんは冬にしか来なかったが、異常な暑さの残る夏の終わりに来てもらうことになった。

 おやつに凍った保冷剤の上にアイスを載せて出した。すると、
「これ貰ってもいいですか」と。首に巻いていたタオルを外し、温かくなった保冷剤を取り出し凍ったのと入れ替えた。
「いやー、これはありがたい。助かります」と汗だくの顔に安堵の表情を浮かべ、またお願いますと頼まれた。
 わが家には、捨てるに捨てられない小さな保冷剤が50個ほど冷凍庫に潜んでいる。まだストックがあるので使ってもらえるのはありがたい。だが、日に4回取り換えて12個ずつ減ると3日目には底をついてきた。使ったのを再び冷凍し、渡すことにした。
 チイは主の顔を見上げ、何か食べたそう。私がビスケットでも食べるかなと聞くと、
「食べないでしょう」と主が返し、チイには 「お前、さっきすき焼きたらふく食っただろ」と話しかけた。
 怪訝そうな私に、
「お昼は吉野家で食べ、チイの分も注文して食べさせたんですよ」と冗談だか本当だかわからない話に苦笑する。
「食べそうなら私のお菓子を少し食べさせますから」と。
 3日目に来た時「『ポポー』って食べたことありますか」と植木屋さんが言う。食べたことがないというと、
「南米の果物で、アケビに似た形で大きな種が入ってるんです。明日頼んでいるお店に届くので、良ければ持ってきます」と。
 翌日、手のひらサイズの5個と食べ方などの説明書きも入れて渡された。すでに不思議な甘い香りがする。ミネラルの栄養素が高く、明治時代には日本で食べられていたそうだが、今では幻の果物と言われていると書かれてある。
 翌朝、冷蔵庫で冷やした一つを半分に分けて夫とそろりと食べてみた。果肉はオレンジかかった黄色で、甘く濃厚な味でねっとりとした食感がある。種は黒くて大きめの花茶豆のような形で、ゴロゴロ入っている。食べるのに邪魔になる。冷凍すればアイスのようにならないかと期待したが、凍らせると甘味が減る。冷やして食べる方が断然おいしい。珍しいのは有難いが、結構面倒な食べ物だと思った。

 最後の5日目の夕方、夫と私も刈った枝の拾い集めを手伝った。そのあと植木屋さんは剪定した枝葉と道具を軽トラにぎゅうぎゅうに詰め、ロープで固定すると、終わったぞとチイに声をかけた。「お前は走って帰るか」と言いつつ車の扉を開けるとチイはぴょんと飛び乗り、尾っぽを振る。やっと帰れると嬉しさが伝わる。
 暑いさなかにチイも植木屋さんのお共で大変だったことだろう。お疲れさまでした。
 次回もお願いしますと頼むと、「生きていればね」と言葉を残し風のように帰って行った。