かわち野

かわち野第三集

みんな夢ん中

冨永 幹雄

 あれから何年経ったのか。その日も岩湧山へ、歩いて、歩いて中腹当たり迄くると、なぜかコースを変更したのが運のつき。林の中へ進み、大きな岩の上で休憩を。見晴らしも良く、遠くで子供達のはしゃぐキャンプ場、彩館もよく見えます。そんな時、夢は始まったのです。
 背後から何者かに押され、私は谷底へ真っ逆さまに落とされました。何が何だか誰につかれたのか。「これは死ぬな」と思いました。
 それからどの位すぎたのか、目がさめ気づいた時は、木にひっかかって助かったのです。 時計を見ると三時近くです。「さあどうして下るか」。体を強く打って節々に痛みがあり、身動き出来ません。下を見るとまだ15~20米はありそうな。「この木に抱き付きながら少しずつ下るしかないなぁ」。空は明るいし、体調を整え、痛みをほぐし、勇気を出して、「ゆっくりだ」。自分に言い聞かせ、一歩目の足をどこにと思案していた時、綱の様な紐が側にある事に気付いたのです。この紐にぶらさがって枝の継ぎ目を利用して降りていったら、少しは楽かなと思いました。紐を引き寄せ、大丈夫か引っ張ってみました。いけそうです。紐の上の方を見ると、岩の方向から下がっているようです。行動開始と踏み出した矢先、又々驚き、この紐は上の方へ、上の方へと上げられていくのです。私は紐にぶらさがっているだけ。弁当、飲み物、菓子も入っているリュックは肩に担いでいます。しばらくすると、岩が見えてきて、再び林の中を見る事が出来ました。その時、想像できない光景を目撃。
 紐を引いていたのは、人ではなく熊だったのです。仁王立ちした姿は二米位あるでしょうか。私をどうしても助けると言わんばかりの姿に感じました。それでも岩の上に身を置く事ができ、私は助かったのです。熊さん、ありがとう。熊はこちらに歩いてきます。その時の顔は空腹に耐えているこわい獣になっていたのです。「殺される」。リュックの中の食べ物を急いで出して、間隔を置いて放り投げました。熊は見て、今度は食べ物の方へ進みました。私は様子を見て逃げ、身体の痛みなど構っておれません。缶ビールも飲み終えたのか、私の方を振り向いて追ってきました。追いつかれた私は、「食べられる」。もうだめだと覚悟を決めました。そのとき、何度目かの奇跡がまたも起こったのです。
「貴男、貴男、大丈夫、うなされていたよ、何回ゆすっても起きないから叩いたよ」と言い、妻が私の仰向けの体の上に乗っていました。その姿が熊の形に似て、道理で苦しかったはずでした。体は汗ばみ、ぐったりです。その後、頭はボーッとなり、安心したのか、ゆっくり気絶したようです。こんな夢はもう、こりごりです。夢ん中でよかった。今度は楽しい夢をみたいなぁ。いつの日か。